2月 3rd, 2010のアーカイブ
トリッキー・ディック逝去
64年のニックスの歴史の中で、
53年もの長期にわたり、選手・コーチ・スカウト・コンサルタントとして、チームに在籍した“トリッキー・ディック”こと、ディック・マグワイアが逝去した。84歳だった。老衰とのこと。
残念ながらプレーを見ることはできなかったが、
1992年に背番号#15が永久欠番になった際には、その瞬間をマジソン・スクウェア・ガーデンで目撃した。今となっては良い思い出だ。
選手としては、ニックスを三年連続でNBAファイナルに導き、1シーズンのアシスト数で当時のNBA記録を更新し(1949-50シーズン)、総アシスト数ではニックス歴代3位。ニックスでの永久欠番のみならず、バスケットボールの殿堂にも入り、7度のオールスター選出。コーチとしてもニックスをプレイオフに導き、数年前まではスカウトとして全米を飛び回っていた。スカウトとしての最大の実績は、同窓の後輩でもある(2人ともニューヨークのセントジョンズ大)、マーク・ジャクソンのドラフトに大きく関わったこと。今シーズンの肩書は「シニア・バスケットボール・コンサルタント」だった。
ご冥福をお祈りします。合掌。
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レジェンドが逝去した当日、
別のニックスのレジェンドがニュースになった。パトリック・ユーイングが、今年のオールスターのルーキー・チャレンジで2年目チームのコーチを務める。つまり、ユーイングが、ダニロ・ガリナーリをコーチする。
たった1試合。しかも余興に近い、勝敗もまったく関係ない試合だが、ユーイングがガロをコーチするというニュースは、ユーイングからNBAに入り、ニックスファンとなり、彼の背番号が永久欠番になるのをマジソン・スクウェア・ガーデンで見届けた私には、重いものだったりする。
別にプリングルスを認めていないわけではないが、近い将来、ユーイングがコーチとしてニックスに戻ってきてくれたら言うことはない。